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ネットで見かけたAC型のまとめ



長くなったので分割。
年取ったら収まるところに収まるとか、性格直すにはそれと同じ年数が必要とかいうのをよく聞くけど、それ本当に絶望。
新しい人生始まる頃には還暦。他人事だと思いやがって、くたばれ。


↓以下ネットで見つけたAC型のページ



https://astrology.neoluxuk.com/psychology/index.php/Cat1No/T160/Cat2No/140/Cat3No/160/


典型的な『V型』のエゴグラム・パターンでは、CPとACが高いため、 
エゴグラムのCPの特徴 および エゴグラムのACの特徴 の通り、
理想が高いけれども慎重に行動し、リーダーシップがあるけれども?人に依存しがちであり、
頑固で融通がきかないけれども協調性が高い、 という具合に自己矛盾を抱えています。 

また、FCが低い典型的な『V型』のエゴグラム・パターンの方は、、 
エゴグラムのFCの特徴 の通り、創造力や空想力にも欠け、人生を上手に楽しむことができません。

 一方、Aが低い典型的な『V型』のエゴグラム・パターンの方は、、
 エゴグラムのAの特徴 の通り、論理的・現実的に考えることができません。





お手あげタイプ(V型)

いつも実力以上のことをやろうとしては失敗し、自分の実際以上に良く思われよう、
気に入られようとしては思うようにいかず、自己不信や劣等感におちいっていくタイプです。
他者に対する批判精神は非常に厳しいものがありますので、 
他人と自分の双方を同時にうらむようなことが、しばしば起こってくるタイプです。
要は、自分の性格のなかの厳しさを減らすか、イイ子になろうとする欲をへらすかです。
そして、人生を八分目で満足するようにし、 気ばかりを先行させないことが大切でしょう。


…お手上げっていうのはどっちの意味にもとれてしまう。



Critical Parent(CP) : 批判的な親。父親。他人に厳しく指導する。
Nurturing Parent(NP) : 養護的な親。母親。他人を慈しむ
Adult(A) : 大人。社会人として物事を客観的にとらえ論理的に行動する。
Free Child(FC) : 自由奔放な子供。自己主張。自己表現を進めていく。
Adapted Child(AC) : 順応した子供。周りに合わせようとする。ぶりっ子。


CP : 子供や部下にきびしい。批判的。他人の尻をたたく。頑固で融通がきかない。人の長所より欠点が目につく。

NP : 子供の世話をよくする。思いやりの気持ちが強い。他人を助ける。人の長所に気づきほめる。温和、寛大。

A  : 客観的に観察する。事実に基づいて判断する。計画をたててから実行する。仕事を能率的に行う。

FC : わがまま。言いたいことを遠慮なく言う。短気で怒りっぽい。冗談や軽口をたたくのが得意。

AC : 不快なことでも無理に我慢してしまう。挫折感。他人の顔色をうかがってしまう。
遠慮がちで消極的。要領が悪くおどおどしている。

 



・Aを高めるには
 考えを整理し文章化する。
 感情より客観的事実を重視する。
 規則やパターンがないか考えてみる。
 他者ならどう考えどう行動するか考えてみる。

FCを高めるには
 笑う。
 冗談を言う。
 芸術・娯楽を楽しむ。
 夢中になれる趣味を持つ。

FCを高めるということは、自分なりに解釈すると、人生の苦しさからの逃避です。
逃避というと聞こえが悪いかもしれませんが、人生は苦しみの連続ですので、
苦しみを一時的に忘れることはすごく大切なことです。

FCを高める実践は割とまだ簡単だと思います。
要するに好きなように楽しく生きろと言うことです。
ただし体力的・能力的・経済的事情が個々人にはありますので、
身の丈に合った範囲で楽しみを追求する必要があります。
身の丈に合わない楽しみを追い求めるとかえって苦しみが増えそうです。
FCの実践には、「自分は自分、他人は他人」という考え方がきっと必要です。
そして、趣味をもって楽しそうに生きていると、難しい人・関わりにくい人ではなく、
自然と楽しい人・良い人が寄ってくるものです。


Aを高めるということは、自分なりに解釈すると、人生の苦しさに立ち向かう方法を
習得することです。
苦しいことがやってきたときにオロオロしたり落ち込んだり人のせいにしたり
するのではなく、どう対処するかを分析し手当てすること、
その方法を身に付けることです。

Aを高める実践は難しいです。
考えを整理するにしても、コツがわからないと余計に煩雑になってしまいそうです。
基本的にAを高めることはある程度の素養が必要なので、1人で実践することは
非常に困難で、必ず誰かのサポートが必要になるのだと思います。

1人で実践する方法としては、読書経験を積み重ねるという手段があります。
実際、自分は多くの書籍に触れるということを実践してきました。
多くの人の考え方に、感情や囚われの無い状態で幅広く触れ、
その上で尊敬できる人・いいなと思える人の考え方を身に付け、
「この人ならどう考えるだろうか」というシミュレーションをしてみる。
Aを高めるには必ず他者の目線が必要なので、全くの1人で他者の目線を
獲得するには、おそらく読書経験くらいしかありません。

本を読むことが難しい人もいます。
本を読む以外の実践としては、学校教育・家庭教育の場を除くと、
おそらくは就労経験以外にはないのではないかと思います。
ともに仕事をすることを通じて他者(とくに先輩)と接することにより、
その仕事の仕方・考え方から、論理的な行動と実践のパターンを
身に付けていくいく方法です。
これ以外の方法は、ちょっと自分には分かりません。
しかしとくに現代においては就労こそが苦しみを誘発するストレスの場でも
あるため、なかなか如何ともしがたい難しさがあります。





特に、基本性格のことをいっている、

「何事にも苦労性で、あれこれと思い悩み、周囲に気を使い過ぎるのです。
上司に対しては勿論のこと、部下や配偶者や子供にまで気を使うのです。
人柄は謙虚さを通り越して、卑屈に傾きがちなので、注意が必要です。

これはちょっと?と思った。…いわゆる「普通の人」は部下や配偶者や子供には気を使わないんだろうか?

終始受け身の体勢を、どこかで突き崩さないと、生涯下僕的な人間関係に甘んじなければなりません。
思い切った発想の転換と勇気を奮い起す事です。
天皇も代議士も貴方も、皆同じ人間です。
そこに何等の引け目を感ずる事も無ければ、恥ずべき事も有りません。
そう云う社会の仕組に対して、何する者ぞと挑みかかる位の気概が、貴方には欲しいのです。」

生涯下僕…、でも確かに当たっているわ。
嫌なことを押し付けられて、嫌だといってもまともに取り合ってもらえずどちらにしても嫌な思いをする。
私が人間関係の優劣を気にしなさすぎ(というかそんなものあってはならないとどこかで思っているからか)だからなのか、いつの間にか、下に、劣位に置かれている事ばかり。悔しい。

これは言い得て妙です。
だんだんと年を追うごとにこれを噛みしめるように味わうような性格になっていきます。
私はたしかこのエゴグラムを初めて受けたのが10年くらい前ですが、その当時はまだ、

「そんな卑屈じゃねーよ!俺は絶対、成功してみせる!」

という反骨としてプライドを持って生きてきて、仕事にも励んでそれなりの数字で証明できる成果も残してきたつもりです。

でも、全然それが認められないのです。簡単にいうと出世しないのです。

10年です。
10年やり続けると人間は何になるかご存知ですか?その道の天才になるそうです。
熟練した技術を要するための1万時間理論だかなんだったか、そういう裏付けもあります。
でも私は平社員のまま出世もせず、どうでもいいコマとして組織にストックされているだけです。

そう、能力以前に基本的な〝生きるためのバイタリティー”が私には備わっていなくて、
それが頼りなさとなり、またそのまま放置していても何も文句をいわないものですから、もう本当そのまま、なのです。

沈黙は金なりとか、能ある鷹は爪を隠すなんて言葉をモットーにしているタイプはこれです、
それでは、社会に認められないのです。というか、いいように使われるだけなんですね。

これは父が周りに馴染めない私に向かってしょっちゅう言っていた言葉。
多分自分自身もそうだったからそういう事を言っていたと思う。

つまり、このエゴグラム診断は、ストレートに真理を言い当てており、正確です。

例えばMBTI診断ではこういう性格を「芸術・クリエイティブ」と表現してその感受性を褒めたり、
エニアグラム診断では「従順さゆえの組織向き」などと表現されます。 
でもこれらは相互に矛盾しています。
 
そんななか、このエゴグラム診断の判定結果は、
飾らないストレートな表現でかつ現実的で非常によく出来ていると思いました。

そう、まさに指摘の通り、謙遜を超えて卑屈になっている状態、これが当たっていますし、
もっというと、あれこれと経験した上で、それも長い年月を経た上で、
嫁にも言われ自分でもそう認めるようになった、それがエゴグラム診断でした。

つまり、このbbbbaのACが出てしまったアナタ、組織で出世は目指さないことです。
はじめっからリストラ候補で手ぬるくほどよく働きましょう。そういうポジションを目指すのです。
それは決して不幸なことではありません。

私も平社員ですが、決してこの身分は不幸だとは思っていなくて、
やっぱり居心地がよくて、自分に合っていると思っています。 
つまり、野心さえ捨てて、自分をよく見せようと背伸びしない、そうすることで、このbbbbaのACは幸せになれると思っています。

というか理想通りに出来ないのならそうするしかない…。





…そこでこの上司がどのようなエゴグラムをしているのかを作図しました。
上司に質問紙に回答してもらったわけではありません。直感作図法で作図しました。

そしてオーバーラップ・エゴグラムを使って、私のエゴグラムと重ねてみました。

すると、自我状態(CP、NP、A、FC、AC)のうち、Aでは接点を見出せそうだったのですが、
上司のエゴグラムはA以外はほぼ私と真逆のエゴグラムで、接点はありませんでした。

これも一つの大きな気づきになりました。だから合わないのかと気づきました。

講座の中で「1か所でも接点があるとうまくコミュニケーションすることができる」と教わったので、
この上司とは接点であるAに注力したコミュニケーションをとることにしました。


…現在はエゴグラムで
「この上司はACが非常に高い人だからこういう従順な考え方・態度が出てくるのだな」
「この上司はCP低いので、私が求めているリーダーシップを過度に求めても出てこないんだな」
と冷静に理解できるようになったので、自分自身の感情のコントロールができるようになりました。

他にも同僚2人に対してもエゴグラムを直感作図法で作って、
オーバーラップ・エゴグラムを使って、私のエゴグラムと重ねてみました。

1人の同僚は、私の以前していた仕事の後任で、
これまでは「これをやればいいのに」「なんでこれをやらないのだろう」と思ってイライラすることがありました。

この人のエゴグラムは私のエゴグラムと接点が全くありませんでした。
ですがその人はFCが高いので、私もその人に対してはFCを高めて接するようにしました。





いわゆる真面目系クズあるあるだと思うのだが、性格診断の類をやると必ず内省とかそういうのが高く出るタイプである。

あと、MBTIっていう診断(詳しくはググってください)だとINFP型というのになる。

“仲介者”型の性格 (INFP-A / INFP-T) | 16Personalities

自分は本当はこんな生き方であるべきじゃないんだみたいなことを延々と考えてるけど、
外向きの論理的思考はできないタイプ。
考えるのが苦手なのにインテリっぽい雰囲気のことが好きという手に負えない典型的真面目系クズ。
そんな感じなので16類型中で社会に適合するのが最も難しく、平均年収が最も低いらしい


どんな欠点も裏から見れば長所だともいえるわけで、
こういう特性を持った人間でも「あなたは謙虚で感受性豊かで思いやりがあるタイプ」とか
「持ち前のインスピレーションや内省する力を強みとして生かそう」みたいなことが一応長所として書いてある。

適職を見ると、芸術・クリエイティブ系や、学者・研究者がいいですね!みたいなことを言われていたりする。
でもそれってつまり、才能があれば自分の特性生かしてやっていけるけど、
才能がないorスキルを伸ばすための努力ができない人は満足な社会生活諦めるか普通になる努力してねってことなのだな……とも思う。





つまり、真面目系クズは (AC)依存性 が高い。
 
 (AC)が高いということは、従順で協調性が高く、親や教師から見れば扱いやすい、優等生に見えやすいタイプと言える。
このため、真面目系クズが「生徒」という立場のうちは、意外と社会適応に優れていることも多い。誰かの指示に従っていればベストの結果が手に入る状況には、(AC)が高い人はよく馴染む。
 
 しかし、いったん「生徒」「子ども」という立場を卒業し、自己決定が必要な立場に立たされたり、しっかり自己表現をしなければならない場面を向かえたりすると、
こういう人はどう行動すれば良いのか分からなくなってしまい、しばしば他人の意見や顔色に流され、後になって「こんな筈じゃなかったのに」と後悔しやすい。

人の顔色には敏感な反面、自分の感情表出は苦手で、それどころか自分の感情を意識できていないこともあり、対人関係のストレスを溜め込みやすい。

それはしょっちゅうある。
疲れてくると特に、自分が次に何をしたいのかすらわからなくなってくる。

 また、社会人ぐらいの年齢になると、真面目系クズの処世術や性格はたちどころに察知されるようになるので、「こいつはNOとは言えない人間だ」という認識のもと、面倒な仕事を押し付けられる可能性が増えるかもしれない。
あるいは重要な仕事をしても、「これは俺の功績だ」と適切に自己主張することができず、トンビに油揚げをさらわれるリスクもあるかもしれない。
さりとて真面目系クズな人は面と向かってNOとは言えないので、心の中では恨みとストレスを募らせながらも、結局はどうすることも出来なかったりする*2。
出世の面でもメンタルヘルスの面でも、これは大きなペナルティである。
 

 では、真面目系クズな人はどうすれば良いのか。
 あきらめるしかないのか。
 

 私は、だからあきらめるべき、とは思わない。
エゴグラムで拾い出される心の傾向は固定的なものではない

――依存性にしても、遊び心にしても、暮らしのなかで変化していく余地はある。
そもそもエゴグラムは、「この人はこんな人と決め付けるための道具」として開発されたのではなく、
「今の自分の心の傾向を知ったうえで、今後どうするかを考えるための道具」として開発されたものだ。

もし、今(AC)が高い依存的な人だとしても、その問題点を知ったうえで暮らしを軌道修正させていけば、
今後もそうだとは限らない。
仮に、あなたが真面目系クズというネットスラングに当てはまると今感じていたとしても、
未来においてもそうとは限らない。
もし、真面目系クズな自分が嫌なら、ちょっとずつ、時間をかけて軌道修正していけばいい*3。





「エゴグラム」を変えよう

じゃぁ、どうやってグラフのバランスを整えたらいいのかというと、どこかを下げるためには、
その項目を下げようとするよりも、グラフの隣り合っているものを上げる方法が一般的です。
ただし、「CP」を下げたいのであれば、「AC」を上げるより「NP」を上げた方がいいというのがいいみたいです。
(「AC」は、上がりすぎると生きづらいから)。

「FC」をあげるために、とにかく楽しいことをする。天真爛漫に。



真面目系クズ、という言葉を私が知ったのはここ2~3年の事だったと思うけど、結構前(2012年初頭には)からあったっぽい。
もっと早くこういう言葉や概念を知っていればいくらか今、変わっていたのかも。

いくら個性といっても、さすがに我慢できなくなってきたので変える必要があるのだけれど、出来れば外に出る前に直したい。
人が怖い、とか人が怖い、というのは在宅でも直せるんだろうか?

「強さの無い優しさは無意味」という言葉があるけど、無意味通り越してもうマイナスで有害。
「優しい」とか「親切」とかたまに言われる数少ない誉め言葉だと思っていただけに悲しい。
せっかく都市伝説見ててもなんだか悲しい。


私はそこそこのお金を出して旅行に行ってようやく「まずまず楽しい」という状態になるのに、
性質に恵まれている人は地元で友達だか家族だかとわちゃわちゃしているだけで私の旅行分かそれ以上に楽しんでいてずるい。憎い。
でも↑みたいな人になりたいかといったらそれもまた違う。
自分がなりたい理想すらよく分からない。
目標とか「こうなりたい人」がいればいいんだろうけど、私が行くような場所には、多分倫理とか論理とは無縁みたいな人しかいない。引き寄せの法則(マイナス)。


隣接しているのが変えやすいらしいので、とりあえず「天真爛漫に没頭できる趣味」を見つけられると良いと思った。





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